2006年09月04日
はじめまして
はじめまして、zumiといいます。
1972年生まれ、06年で34歳になりました♪
子宮内膜症のこと、体外受精のことなどを
ブログにまとめておこうと思い、
あちこちに記録していた物を
整理しつつ、寄せ集めています(^^ゞ
あの時の入院memoどこいったっけ???と
ワタワタしていますが、
ゆっくり、まとめて行きたいと思います。
よろしければ、わたしの子宮内膜症&体外受精の
年表もあわせてご覧くださいねっ♪
1972年生まれ、06年で34歳になりました♪
子宮内膜症のこと、体外受精のことなどを
ブログにまとめておこうと思い、
あちこちに記録していた物を
整理しつつ、寄せ集めています(^^ゞ
あの時の入院memoどこいったっけ???と
ワタワタしていますが、
ゆっくり、まとめて行きたいと思います。
よろしければ、わたしの子宮内膜症&体外受精の
年表もあわせてご覧くださいねっ♪
【初潮】
中2の5月、キャンプの朝、初潮になり、当時からイヴやセデスなど市販鎮痛剤を服用していた。
【10代】
高校受験も、大学受験も、担任(男性)が、生理痛と受験日などが重なることを心配するくらい、生理痛がひどいのが有名?だった(^^ゞ
でも、ただの生理痛 病院へいくなんて・・・ガマンしなくっちゃ・・・の繰り返し。
【20代】
短大のころ、脂汗をかくほどの痛みに襲われる。
学校の保健室で休み、帰宅。
気分が悪かったり、意識がもうろうとするのは初めてだった。
OLの頃、生理になると起き上がることもできず、休んでしまうようになる。
通勤片道1H30Mだったこともあり、1人暮らしをはじめたが、夜中に死んでしまうのでは?と思うほどの激痛に襲われる。
しかし、電話のところまでも起きていけず、そのまま夜明けを待つ。
その後、結婚が決まり、実家へ戻る(1998年7月)
1998年9月
何年も激しい生理痛をガマンしていたのだけど、病院へ行ったことはなく、両親が心配し、広島県K市K病院 夜間救急外来へ。
婦人科当直医がいなかったため、翌朝外来へ順番待ち。
痛みをこらえながらの待ち時間は忘れられない・・・。
子宮内膜症と臨床診断される。
会社員であり、平日通院できないこと、99年1月の挙式、4月の新婚旅行を考え、ナサニール(点鼻)を開始。
CA-125(腫瘍マーカー)は確か、35とか37程度だったと思う。
上司も心配し、知り合いの大学病院の医師などに聞いてくれたりして、とにかく、子宮内膜症に詳しい医師に出会うしかないと話してくれた。
1999年1月 挙式
1999年4月 イタリアへ新婚旅行
ナサニール(点鼻)により、ほてりや多少の更年期症状があったものの、激痛に襲われることもないので、無事に挙式&新婚旅行ができた。
1999年6月 退職
2000年
血便(タール便)も出るし、腹痛、排尿痛、排便痛なども激化。
実家に帰っていたときに、また激痛が走り、当時の主治医に相談し、救急車にて国立病院へ搬送。
実は、臨床診断されたK病院で受け入れができないといわれ、国立への搬送となった。
子宮内膜症ですと言うと、内科女医に「赤ちゃんができたら治るのにねえ」といい加減且つ、非常識なことを言われ、なさけなかった。
内膜症だって言っているのに「婦人科の医師にきいても、そういう症状はでないっていっているから、とりあえずレントゲンをとりましょうね」と・・・
寝ているのもしんどいわたしを車椅子に乗せ、レントゲン。
挙句の果てには「便秘ですね~」といいのけ、
浣腸をされる・・・。
当たり前だけどラクになることはなく、衰弱しただけで帰った。
のちに、K大病院で腸管内膜症とわかったときには、「やっぱりね」と自分の診断にハナマルをつけてみた(^^)
2000年7月
kenちゃんの東京転勤で千葉へ引越し。
2001年7月10日
弟のススメでK大に通院しはじめる。
2001年
内診および、超音波、MRIにて、子宮内膜症(腸管子宮内膜症および、内膜症性のう胞)と臨床診断。
2001年9月
kenちゃん左精索静脈瘤(K大医師推定)
自宅にわりと近いI市の総合病院へ紹介される。
2001年11月18日~23日
子宮内膜症による腹痛にてF市F病院へ入院。
海外でもの多数の腹腔鏡下手術(ラパロ)数をもつという、超傲慢で最悪のS医師に出会う。
看護師は腕がいいらしいと自慢するが、絶対にこの医師の手術は受けたくないと思った。
2002年1月
kenちゃん 左精索静脈瘤根治術
zumi ラパロにむけ、中用量ピル服用。
2002年4月5日~18日
K大にて、腹腔鏡下手術(ラパロ)のため入院。
腹腔鏡下癒着剥離、のう腫摘出、S状結腸部分切除。
腸管部分切除があるため、産科&外科の共同手術。
入院費、手術費など合計=230,720円(健康保険適用後)
2002年12月~2003年3月
父の看病のため帰省。
3月25日、父永眠。
2003年8月1日~5日
F市K病院へ入院。月経時の急性腹症ほか。
2003年9月4日~9月8日
F市K病院へ入院。
急性腹症・過喚起(過呼吸発作)
薬剤師に不安や過呼吸などの症状を訴え、医師と相談し、不安に対する薬をもらう。
この夏あたりから、パニック症状がでるようになった。
エレベーター、劇場内、電車内など動悸や気分が悪くなったり、ひとりで出歩くことに、強烈な不安がある。
2003年12月13日~24日
K大にて、腹腔鏡下手術(ラパロ)のため入院。
腹腔鏡下癒着剥離、病変切除術。
2005年8月2日
K大にて、体外受精の準備スタート♪
2005年9月10日
採卵
2005年9月13日
移植
2005年9月24日
判定用採血
2005年9月26日
妊娠判定 妊娠4週
2005年10月24日
妊娠8週 稽留流産
2005年10月26日~27日
K大へ子宮内容除去術のため入院
2006年9月
子宮鏡検査 予定
中2の5月、キャンプの朝、初潮になり、当時からイヴやセデスなど市販鎮痛剤を服用していた。
【10代】
高校受験も、大学受験も、担任(男性)が、生理痛と受験日などが重なることを心配するくらい、生理痛がひどいのが有名?だった(^^ゞ
でも、ただの生理痛 病院へいくなんて・・・ガマンしなくっちゃ・・・の繰り返し。
【20代】
短大のころ、脂汗をかくほどの痛みに襲われる。
学校の保健室で休み、帰宅。
気分が悪かったり、意識がもうろうとするのは初めてだった。
OLの頃、生理になると起き上がることもできず、休んでしまうようになる。
通勤片道1H30Mだったこともあり、1人暮らしをはじめたが、夜中に死んでしまうのでは?と思うほどの激痛に襲われる。
しかし、電話のところまでも起きていけず、そのまま夜明けを待つ。
その後、結婚が決まり、実家へ戻る(1998年7月)
1998年9月
何年も激しい生理痛をガマンしていたのだけど、病院へ行ったことはなく、両親が心配し、広島県K市K病院 夜間救急外来へ。
婦人科当直医がいなかったため、翌朝外来へ順番待ち。
痛みをこらえながらの待ち時間は忘れられない・・・。
子宮内膜症と臨床診断される。
会社員であり、平日通院できないこと、99年1月の挙式、4月の新婚旅行を考え、ナサニール(点鼻)を開始。
CA-125(腫瘍マーカー)は確か、35とか37程度だったと思う。
上司も心配し、知り合いの大学病院の医師などに聞いてくれたりして、とにかく、子宮内膜症に詳しい医師に出会うしかないと話してくれた。
1999年1月 挙式
1999年4月 イタリアへ新婚旅行
ナサニール(点鼻)により、ほてりや多少の更年期症状があったものの、激痛に襲われることもないので、無事に挙式&新婚旅行ができた。
1999年6月 退職
2000年
血便(タール便)も出るし、腹痛、排尿痛、排便痛なども激化。
実家に帰っていたときに、また激痛が走り、当時の主治医に相談し、救急車にて国立病院へ搬送。
実は、臨床診断されたK病院で受け入れができないといわれ、国立への搬送となった。
子宮内膜症ですと言うと、内科女医に「赤ちゃんができたら治るのにねえ」といい加減且つ、非常識なことを言われ、なさけなかった。
内膜症だって言っているのに「婦人科の医師にきいても、そういう症状はでないっていっているから、とりあえずレントゲンをとりましょうね」と・・・
寝ているのもしんどいわたしを車椅子に乗せ、レントゲン。
挙句の果てには「便秘ですね~」といいのけ、
浣腸をされる・・・。
当たり前だけどラクになることはなく、衰弱しただけで帰った。
のちに、K大病院で腸管内膜症とわかったときには、「やっぱりね」と自分の診断にハナマルをつけてみた(^^)
2000年7月
kenちゃんの東京転勤で千葉へ引越し。
2001年7月10日
弟のススメでK大に通院しはじめる。
2001年
内診および、超音波、MRIにて、子宮内膜症(腸管子宮内膜症および、内膜症性のう胞)と臨床診断。
2001年9月
kenちゃん左精索静脈瘤(K大医師推定)
自宅にわりと近いI市の総合病院へ紹介される。
2001年11月18日~23日
子宮内膜症による腹痛にてF市F病院へ入院。
海外でもの多数の腹腔鏡下手術(ラパロ)数をもつという、超傲慢で最悪のS医師に出会う。
看護師は腕がいいらしいと自慢するが、絶対にこの医師の手術は受けたくないと思った。
2002年1月
kenちゃん 左精索静脈瘤根治術
zumi ラパロにむけ、中用量ピル服用。
2002年4月5日~18日
K大にて、腹腔鏡下手術(ラパロ)のため入院。
腹腔鏡下癒着剥離、のう腫摘出、S状結腸部分切除。
腸管部分切除があるため、産科&外科の共同手術。
入院費、手術費など合計=230,720円(健康保険適用後)
2002年12月~2003年3月
父の看病のため帰省。
3月25日、父永眠。
2003年8月1日~5日
F市K病院へ入院。月経時の急性腹症ほか。
2003年9月4日~9月8日
F市K病院へ入院。
急性腹症・過喚起(過呼吸発作)
薬剤師に不安や過呼吸などの症状を訴え、医師と相談し、不安に対する薬をもらう。
この夏あたりから、パニック症状がでるようになった。
エレベーター、劇場内、電車内など動悸や気分が悪くなったり、ひとりで出歩くことに、強烈な不安がある。
2003年12月13日~24日
K大にて、腹腔鏡下手術(ラパロ)のため入院。
腹腔鏡下癒着剥離、病変切除術。
2005年8月2日
K大にて、体外受精の準備スタート♪
2005年9月10日
採卵
2005年9月13日
移植
2005年9月24日
判定用採血
2005年9月26日
妊娠判定 妊娠4週
2005年10月24日
妊娠8週 稽留流産
2005年10月26日~27日
K大へ子宮内容除去術のため入院
2006年9月
子宮鏡検査 予定
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